1999年にトニー賞最優秀作詞作曲賞と最優秀脚本賞を受賞した作品で今年が日本初演です。
<スタッフ>
- 作:アルフレッド・ウーリー
- 作詞・作曲:ジェイソン・ロバート・ブラウン
- 共同構想およびブロードウェイ版演出:ハロルド・プリンス
- 日本版演出:森新太郎
<キャスト>
- 石丸幹二:レオ・フランク(南部にある鉛筆工場の工場長、北部出身のユダヤ人)
- 堀内敬子:ルシール・フランク(レオの妻、南部出身のユダヤ人)
- 武田真治:ブリット・クレイグ(新聞記者)ほか
- 新納慎也:トム・ワトソン(政治活動家)ほか
- 安崎求:ニュート・リー(鉛筆工場の夜間警備員、黒人)ほか
- 未来優希:ミセス・フェイガン(メアリーの母)ほか
- 小野田龍之介:フランキー・エップス(メアリーの親友)ほか
- 坂元健児:ジム・コンリー(鉛筆工場の清掃人、黒人)ほか
- 藤木孝:ローン判事(担当判事)ほか
- 石川禅:ヒュー・ドーシー(ジョージア州検事)ほか
- 岡本健一:スレイトン知事(ジョージア州知事)ほか
- 宮川浩:ルーサー・ロッサー(弁護士)ほか
- 秋園美緒:サリー・スレイトン(スレイトン知事の妻)ほか
- 飯野めぐみ:ミニー・マックナイト(フランク家のメイド、黒人)ほか
- 莉奈:メアリー・フェイガン(殺された鉛筆工場の女工)ほか
※以下ネタバレ含む
<あらすじ>
ー第1幕ー
1913年4月26日アメリカ南部、ジョージア州アトランタ。この日は南軍戦没者追悼記念日のパレードが行われていた。南軍生き残りの老兵たちは誇り高い表情でパレードに参加している。祝祭日ではあるがナショナル鉛筆工場の工場長、レオ・フランクは仕事に追われていた。そのとき、1人の少女がレオのオフィスを訪れる。鉛筆工場の14歳の従業員、メアリー・フェイガンである。彼女は名前と従業員番号をレオに伝え先週分の給料を受け取った。翌朝、レオの自宅に2人の男が訪ねてきた。彼の務める工場で従業員のメアリー・フェイガンが殺害されたというのだ。その日に工場で勤務していたレオは有無を言わせず拘置所に連行された。妻のルシールが着替えを持って面会にやってきたものの、すぐに帰れると思っているレオはルシールを冷たく突き返す。
同じころ、もう一人の容疑者であるニュート・リーも取り調べを受けていた。彼は鉛筆工場の夜間警備員であり、遺体の第一発見者であった。騒ぎを収めるため早期解決を図る州検事ヒュー・ドーシーは初めはニュートを強く追及した。しかし、途中でこの黒人ではなくもう1人のユダヤ人の方を犯人に仕立てることに決める。
新聞記者のクレイグはこの特ダネをものにした。レオは殺人の罪で起訴されたのだ。様々な人物が彼の事件前後の不審な様子を証言する。メアリーの友人フランクは以前メアリーから「レオに付きまとわれている」と相談されたと話した。売春宿の従業員はレオは常連客であり今度若い娘を連れてくると言われたと話した。鉛筆工場の若い女工たちはレオにオフィスで楽しいことをしようと誘いを受けたと話した。フランク家のメイド、ミニーは南軍戦没者追悼記念日の夜はレオの様子がおかしく、ルシールは仕方なく床で寝ていたと話した。ルシールそれを否定するものの、活動家トム・ワトソンの煽りを受け、南部の聴衆は盛り上がる。そして最後に鉛筆工場の清掃員ジム・コンリーが証言台に立つ。彼はレオのオフィスで殺害されたメアリーを工場の地下まで運んだと話した。この証言が決定打となった。陪審員は全員レオを有罪とした。判事からも有罪の判決が下され、絞首刑に処されることとなった。
ー第2幕ー
パレードから1年後、ルシールは裁判のやり直しを求めてアトランタ州現知事のスレイトン邸を訪ねた。その日はパーティーが行われており、初めはスレイトンはルーシーを邪険に扱った。しかし、彼女の必死で訴える姿にスレイトンの心が動かされ改めて調査することとなった。鉛筆工場の若い女工たちはレオに声を掛けられたことはあるが業務に関してだけであったと訂正した。フランク家のメイドのミニーは州検事のドーシーに証言を強要されたこと話した。清掃員ジム・コンリーは改めて事件当日のことを尋ねると遺体を運んだ話に矛盾点が出てきた。ルシールの懸命の働きかけによりレオの無実を示す証拠が次々と集まった。夫婦でありながら分かり合えなかった北部出身のレオと南部出身のルシール。皮肉にもこの事件を通じて2人は絆を深めていく。
スレイトンはルシールとの再調査を通じてレオの無実を確信した。しかし、レオを絞首刑にしなければ南部の人々の怒りは収まらないことは間違いない。判決を変更すれば順風満帆だったスレイトン自身のキャリアにも傷が付くだろう。それでも彼は自分自身の正義に従い、レオを絞首刑から終身刑に減刑することを決定した。
レオは服役のため別の刑務所に移された。久しぶりに面会したルシールはレオの首にけががあることに驚く。レオはシャワー中にカミソリで首を切りつけられたが一命はとりとめたことを話した。ルシールは所長や看守に賄賂を渡し、刑務所内でレオとピクニックをした。ほとぼりが冷めればきっと釈放されるに違いないと喜びを分かち合う2人。外が暗くなるころ、次の日曜日にまた来ると言いながらルシールは刑務所を後にした。
その夜、南軍の生き残り兵やメアリーの親友フランキーらがレオを刑務所から拉致した。そしてレオを木の下に連行すると、今からで執行されなかった絞首刑を行うと宣言する。ただしレオが自分が殺したことを謝れば許すと伝えた。しかしレオはメアリー殺害を最後まで否定し、これは神によって与えられた試練であると語った。そして最後に自分の結婚指輪をルシールに渡して欲しいと託した。ついにレオは南部の人間に「処刑」された。
新聞記者のブリットがルシールを訪ねてきた。何者かが彼にルシール宛ての封筒を手渡してきたというのである。ルシールが封を開けると中にはレオの結婚指輪が入っていた。
また南軍戦没者追悼記念日がやってきた。しかし、そこにはレオの姿はない。ルシールは一人パレードを見つめていた。
<感想>
実際にアメリカであった冤罪事件を題材にしており、観終わった後に心にずっしりと重しが残るような内容です。気になる方は「レオ・フランク事件」で検索してみてください。理不尽すぎて、神様はなぜレオにここまでの試練を与えたのかとやるせない気持ちでいっぱいになります。しかし、そんな事件を題材にしたミュージカルにもかかわらず振り返ってみると作品自体にそれほど暗い印象はありません。むしろ流れるように進んでいき、気付いたらエンディングを迎えていました。きっと実際のレオもこんな風に気付いたら殺人犯として裁かれていたのでしょう。そしてこのように感じたのは楽曲の影響が大きいと思います。拍手する間もないくらい間髪入れずに次から次へと曲が流れていくのです。これが主人公レオの意思に反して彼の運命が変わっていく様を描いているようでした。我慢できずに曲が終わったタイミングで拍手を入れている方もちらほらいましたが、今回は劇中の拍手はしない方が作品の流れを切らずに楽しめると思います。曲調も内容に反して明るいものも多いのですが、それがむしろしっくりきました。ネットの世界ではよく「祭り」と呼んだりしますが、一人の人を集団で追い詰めるときって何かお祭りのような明るい感じ、ありますよね。演出に関しては工夫されている点が多く、ストレートプレイを数多く手掛ける森新太郎さんならではでした。印象に残っているのは冒頭の戦没者追悼記念パレードのシーンで大量に降ってくるカラフルな紙吹雪。最初はこのパレードの雰囲気を出すためだけに使用するのかと思っていましたが、最後まで舞台上は紙吹雪で埋め尽くされていました。このただの紙吹雪が場面によって雰囲気が大きく変わるのには驚きました。例えばメアリーの遺体を地下室に探しにいくシーン。遺体の入った袋にスポットライトが当たり、影のようになった紙吹雪が少し不気味な様子をうまく表現していました。また、最後のレオとルシールのデュエットでレオがルシールに膝枕をしてもらった状態で歌うのも面白いと思います。横になって歌うなんてミュージカルでは珍しいですよね。ミュージカル中心の演出家さんだとなかなか出てこない発想だと感じました。
キャストの皆さまは一覧を見て分かる通り実力派揃い。特にここ10年以上ミュージカルにご出演されていなかった堀内敬子さんの演技はずっと楽しみにしていました。石丸さんとも息ぴったり、歌声も美しく久しぶりのミュージカルなのか耳を疑うレベルでした。本当にルシールになりきっていたのでしょう、最後のカーテンコールでは涙の跡が頬にくっきりと残っているのが見えました。そしてもう強烈な印象を残したのが州検事ヒュー・ドーシーを演じた石川禅さん。禅さんは本当にカメレオン役者ですよね。観る演目によって全く違う人に見えるんです。今回も憎々しい演技が本当にうまくて嫌いになっちゃいそうでしたよ。
ただし、残念だったことが一つあります。それは音響です。オーケストラと役者さんたちのマイクの音量バランスが悪いせいか坂元健二さんの裁判のシーンなどのアップテンポの曲だと歌詞がほとんど聞き取れませんでした。パレードは歌や踊りを楽しむだけでなく歌詞の内容、セリフの一つ一つを理解しながら見るべき作品です。そのため、歌詞が聞き取れないというのは致命的だと思います。また、一幕の武田真治さんのソロ曲と二幕の岡本健一さんのソロ曲ではマイクのブチっという雑音が聞こえました。こういった特に音に関するトラブルがあると集中して観ていても急に現実に引き戻されてしまうので、細心の注意を払っていただきたいです。
音響に関しては若干不満もありましたが、誰もが一度は観ておくべき素晴らしい作品だったと思います。ただし、内容があまりにも辛いのでリピートして見るというよりはこの一回を咀嚼してきちんと味わいたいです。レオを演じる石丸さんとルシールを演じる堀内さん以外は全員自分の役以外の場面では民衆も演じてもいましたが、どんな人でもレオを追い詰める民衆の立場になりうると思います。トランプ氏が大統領になり、昔から住んでいるアメリカ人が移民を排斥するような風潮もあるこの時代にこそ観るべき作品ですね。ブロードウェイでもリバイバルやってほしいなぁと思います。